1年住めば英語が話せるは嘘だ。たぶん
やまもとです。
オーストラリアにきて9ヶ月が経とうとしています。
途中2ヶ月ほど日本に帰ったので実質7ヶ月滞在したことになります。
オーストラリアに発つ前よく耳にしたのが
「1年いれば話せるようになる」
「半年いれば耳が慣れる」
みなさんも聞いたことありませんか?
留学した友達とか
ワーホリに行ってた友達とか
ブログとか
僕の周りにも何人か海外経験がある友達がいて言ってたりしました。
そういうのもあり日本にいた時はそこまで勉強しませんでした。
ほんと軽い気持ちでした。
行けば話せるようになる。
話せないと生きれないわけだし火事場の馬鹿力的なので成長するだろうと。
実際7ヶ月いた結果あまり話せるようになってません。
これから海外に行くことを考えてる方には少し厳しい言葉かもしれないです。
7ヶ月いて話せるようにならなかった大きな理由
自分自身のせい
もうこれしかないです。
情けない話ですが、、。
そもそも話していない。
いや、細かく言えば言葉を交わすことはちょこちょこあります。
僕は留学ビザではなくワーキングホリデービザできていていきなり働き始めました。
友達、知り合いもいない状態で。
グレートケッペルアイランドという小さな島で住み込みで働くことになっていて、エージェントの方からいただいた指示に従って飛行機に乗り、バスに乗り、フェリーに乗りなんとか島に辿り着きました。
もう恐怖ですよね。
正しいかも分からないしバスもフェリーも何時間も待ったし移動でほぼ1日使いました。
着くや否や島の案内。
もちろん英語なので8割くらい聞き流してました。
次の日から働き始めで僕はキッチンのディッシュウォッシュという皿洗いのポジションに配属されました。
こっちではキッチンの人が洗い物をするというより皿洗い専用のポジションがあることが多いみたいです。
手が空いてれば料理の手伝いをすることはありますが、基本的に皿洗いをひたすらします。
そんなこんなで皿洗いを一人でもくもくとやるのであまり会話する機会がない。
皿を置く場所を聞いたりとか仕事上の会話はちょこちょこ。
たまに仕事終わりにお酒を飲んだり、島から出ていくスタッフの送迎会があったりでその時に少し話したりするくらい。
正直初対面の人とガンガン話せるタイプの人だったらもっと話すタイミングはあるし、英語力も伸びたと思う。
人見知り、話し下手の僕にはなかなか難しかったです。
日本人とすら時間がかかるのに。
ちなみに、いろいろあってこの島には1ヶ月くらいしかおらず、バンダバーグという田舎でファームジョブをしたのですが、バンダバーグでも似たような感じでした。
島にいた時はコテージとテントの間(テントより)で一人部屋だったけれど、
バンダバーグではバックパーカーズハウス?というところで
8人部屋がいくつもありそこで寝泊まりして農業の仕事をもらい、住みながら働くという感じで過ごしました。
仕事があったりなかったり時期によってはバラバラで働く時間もファームによって変わるのでなんとも言えないけれど、8人部屋だったり共同のキッチンがあったりでいろんな人と関われます。
もちろんたまに一匹オオカミもいます。
僕はというと島で仲良くなった日本人とバンダバーグに移動してきたので基本的には2人で行動してました。
それでも何人かは毎日顔を合わせるので徐々に仲良くなった人もいましたが、根がパリピではないやまもとは毎日みんなとご飯食べてヒャッハーとかはしてられない。
そもそもこの時点でお金がほぼ底をつきていたので、食事はほぼ毎日パスタ。
時間も特にかからないので、すぐに作り終わるし食べ終わってしまう。
みんなでご飯シェアなんて金がかかる!みたいなのもあったり人見知りもあったりで、ほとんど日本人の友達といました。
えっと、、、
ここまで書いてて「もっと頑張れよ!」って自分で思います。
そして恥ずかしい。
でもまぁ、こういう人もいるよっていうことを伝えときたかったんです。
僕も外国いったら変わるでしょって思ったこともあったし、いざ話してみて言語が伝わらない悔しさとか不安とかもあったりで、そう上手くはいかないなとか思ったり。
英語話せなくてもボディランゲージでコミュニケーション取れる人も全然いるので正直人間性は大きい。
シャイな人で海外に行って変わる人ももちろんいるし、僕みたいに殻を破れない人もいると思う。
ちなみに僕はというと、一度諦めてのんびり生きることにしました。(がんばれ)
そもそも日本語ですら何話していいか分からないことが多々あるので、言語以前だなってよく思います。
ただ、挨拶だったりちょっとした会話はするようにしてます。最低限ね。
嫌われたり、ほっとかれるとほんとに話す機会がなくなってしまうので、それだけは自分の中で話しかけてもらえるようにしたりしてます。
飲み会に行くとかだけでも大きいと思います。
正直このまま日本帰っても何してたんだろうってなりそうなので何かしら得て帰ろうとは思ってます。ここはただの意地ですが(意地だけ立派)
そんなこんなで英語はほとんど伸びてないし、みんなが思う海外ハッピーワイワイ生活とは程遠い生活をしてるけど、外国人や日本人の友達が出来たり、今までしなかったこと出来なかったことをしたりしてゆるーく楽しんでます。
あ、あとこれもよく耳にしたんですが、
「日本人とはあまり絡まないようにする」
これ言い方があまり良くないですけど
日本人とばかりいると英語力が伸びないから、ということでよくアドバイスとして言われたりとか耳にしたり見たりします。
分からなくはないです。
実際僕が結構日本人とばかりいたし現に英語力が伸びていない。
まさにやまもとのことです。
たしかに大事です。
ですが、わざわざ避けたりわざと遠ざける必要はないと思います。
母国語が通用するっていうだけで大きいし、別に仲良くして悪いことはないと思うんですよね。
別に英語で話したいなら他の国の人と話せばいいし、日本語を禁止する必要もないと思います。
僕の周りはみんないい人たちばかりで仕事のことだったり、住む場所のシステムとか結構教えてもらって助けられました。
実際に日本人を避ける方もいたみたいで「あの人は日本人を避けてる」とか「挨拶もしてくれなかった」という話を聞いたことはありましたが、なんかそれはもったいないことしてるなって思いました。
英語漬けの日々にしたかったとしても挨拶くらいして損はないんじゃないかなと!
日本人、外国人問わずいろんな人がいます。
楽しくゆるくいきましょうって感じです。
そして、大体7ヶ月オーストラリアにいる やまもと はというと、さすがに英語力やばいと思いつつもやっぱり勉強が嫌いな為(ほんとがんばれ自分)ひたすら映画観てます。
ディズニー映画とか子どもでも分かるような内容のものを中心に。
数ヶ月後、1年後にブログで使いやすいフレーズとか英語について語ってたらこの記事を思い返したいし、みなさんにもこの記事を読んで勇気づけてほしい。(そんな日がくるのだろうか)
中盤から着地地点を見失ったので
もう一度お伝えします。
「7ヶ月住んでも大して英語力変わらない」
という人もいます。
こういうパターンもあるよという現実をお伝えしたかっただけです。
今のところはネタが全然ありませんが、
そのうち何か為になるような話もしたいです。
ではでは。
激しくもゆるい初オーストラリアでの年越し
やまもとです。
記念すべき2回目の投稿です。
あけましておめでとうございます。
もはやこのブログにおいては今年からよろしくお願いしますな感じです。
さて、今回オーストラリアで初めて海外の年末年始を過ごしたわけですが、すごかったです。
今の時代SNSやらで海外のカウントダウンなんかすぐ見れるから今更言うことでもないですが、花火上がるわモニターの上から火吹くわで外国ってすごいなって感じでした。
日本ではカウントダウンのフェスがあったり年末年始盛り上がらずにはいられないという方も多いのでは。
やまもとはどちらかというと何かしたいけど何か激しくする気はないというどっちつがずで面倒くさいタイプです。(どちらかというとって言っときながら)
一人でいつも通り暮らすのもありだけど、まぁカウントダウンくらい何かしたい。
でもみんなで集まって何するの?
なんて捻くれたりもしました。
今回は日本人の友達と会う予定だったのですが、友達は仕事が夜まであるとのこと。
23時くらいには終わるだろうと勝手に予想してそれまで僕は部屋にこもってだらだらしてました。
23時頃「年越したぶん仕事してるから適当に過ごしてて」と電話で言われ急に孤独に。
え、、?
どうしよう、、。
暇やん。
まぁ、別に、日本でも寝て起きたら年越してたなんて年もあったしゆっくりしようかな。
いや、でもせっかく海外にいるし普段味わえないことしといた方がいいかな。(謎の使命感)
とかいろいろ葛藤した結果、家の近所の公園に行くことに。
どうやら花火が上がるらしい(ちょっと調べた)
公園は家から3分くらい。近い。
ちなみに家を出たのは23:50。
なんせ一人なもので場所取りもする気ないし外をぶらぶらする気にもなれず。
ギリギリまで家でだらだらすることに。
公園に着くと予想以上の人。
都内の花見シーズンを彷彿とさせる人のかたまり。
正直ちょっとテンション下がりました。
なんせ一人なもので。(何度だって言います)
年越した瞬間どうしよう、、とか変に冷静になり考えてました。
公園はカウントダウン用に設置された大きめのモニターでなんかの映像が流れ、大音量でダンスミュージックみたいなのが流れ、もはやフェス状態。
やまもと軽くパニック状態。
そんな中カウントダウンが始まり年越しの瞬間
ドッカーン
花火が打ち上がり人々はTHE外国人って感じのヒューヒュー言ったり指笛?口笛?鳴らしたり。
やまもとはとにかく馴染めず引き続きパニック状態。
花火がどこからあがるかも知らないことに花火が上がってから気付くやまもと。
周りが携帯で動画撮ってるのを見て慌てて波にのるやまもと。
いろいろ慣れてなかったです。
レベル不足でした。
レベル5でラスボス戦に挑んでる感じ。
そんなパリピ慣れしていないやまもとが撮った動画を貼りたかったのですが、動画が貼れなかったので気になる方はyoutubeとかでメルボルンのカウントダウン動画を見ていただければと思います。きっと慣れてるパリピが撮ってるはずです。
一応動画をスクショしたやつ。
もう何がなんだか分からないしどうあがいても木が被る。
なんせブログにも慣れていないもので。
軽いパニック状態で動画を撮ってると酔っ払った外国人の方に写真を撮ってくれと頼まれ写真を撮ることに。
写真を撮ると「ハッピーニューイヤー!」とハグをされ、もういよいよパニック状態。
爆音のダンスミュージックの中「どこ出身だ!」と聞かれ
「日本!」と頑張って大きな声で答えたけど
その後何を言ってるかはさっぱり分からなかったです。
爆音 + 酔っ払い + 英語力皆無のやまもと= 暗号
たぶん彼が知っている日本のことを言ったんだと思います。(経験上の憶測)
とりあえず彼のテンションを下げないように「イェアイェア!」みたいな感じで全力で合わせときました。
結果楽しかったです。
日本で出来ない経験できたなと。
たぶんあの会場の中で1位2位を争う冷静さだったと思うけれど、楽しかったです。ほんとに。
そんなこんなで花火が終わるや否やすぐ帰宅。
少ししたら友達から仕事終わったとの連絡がきて友達の家へ向かうことに。
ご飯を食べて少しお酒を飲んでだらだら話して朝5時帰宅。
就寝。
激しいカウントダウンとゆるい年始という緩急の激しい年越しでした。
英語頑張ります。
ではでは。
はじめました。はじめまして。やまもとです。
やまもとです。
はじめまして。
ついに始めました!ブログ!
12月31日に何してんだって感じですが。
とりあえず自己紹介をします。
名前:やまもと
性別:男
年齢:28(1990年生まれ)
社会人として4年働いたのち2018年4月からワーキングホリデーでオーストラリアへ。
早くも8ヶ月が経ちました。(書いていて驚きと焦りがドッときた)
「日本では何をしていたの?」
「オーストラリアでは何をしているの?」
気になるところですよね(どうでもいいと言う人は気になってください)
日本にいた時はデザイナー的なことをしてました。
みなさん学生時代に文化祭などでTシャツとかパーカーを作ったことがある、または作ってるのを見たことあると思うんですけどあれです。
あれ作ってました。
デザイン作ったり修正したり、時にはプリントもしたり。(一応肩書きはデザイナーでした)
そして現在オーストラリアではラーメン屋で働いてます(どうしたデザイナー)
オーストラリアに来てから小さな島で住み込みでキッチンで皿を洗ったり、砂を掘ったり、島を出てファームジョブ(農業)をしたりと色々ありましたが、現在はラーメン屋です。
今後ここの部分を書くと思います。
気になる方は首を長くして待っていてください。
あ、デザイナー時代に個人でイラストを描いたり、服を作って販売してました。
国外にいるので今までのようにできませんが、服の販売は限られた条件で細々と続けています。
イラストレーター?デザイナー?としては随時受付してますのでお気軽にご連絡いただければと思います。
「いくらでできますか?」だけでも大丈夫ですのでホントお気軽にご連絡ください。
ちなみに服はこちらから見れます(宣伝になってしまった)
イラスト、デザインに関してはinstagramが一番見やすいかなと思います。
HPも勢いに任せて友達に作ってもらったのでこちらもあわせてご覧ください。
ここで疑問を抱いてる方がいるのではないかと。
「28歳がなんで今更オーストラリアに。」
「28歳がなんで今更ブログを。」
オーストラリアになぜいるかは後々書きます。(たぶん)
ではなんで今更ブログを書いているかというと、、、
「前から憧れていたから」
ほんと子供みたいな考えで申し訳ない。
ただ、20代後半になってくると色々諦めることって増えてくるんですよ。
少なくとも僕の周りは少しずつ安定を求めているように見えました。
先のことも分からないのに諦めるのはもったいないような感じがしながらも僕も色々諦めてきました。
僕の場合は単なる面倒くさがりってだけなんですが、、、
そんなこんなで「30代ももうすぐだ、、、」って絶望した時に日本を出ることを決意し、それをきっかけにブログを始めようかなと意識し始めました。
あとはオーストラリアに来てからめちゃくちゃいろんな方のブログに助けられたのとバタバタしていた生活が続いたのでこれが結構理由としては大きいですね。
そんなこんなで始めたわけです。
あ、1000文字超えてる、、、
こんなに文字を打つのは大学のレポート(コピペ祭の)以来かもしれない
第1回目はこのへんにしとこうかと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました!!
では次回!!(続いたらいいなぁ)